検査のはなし

 

 明治時代の疫病の流行は検査技術者の需要を高め、それぞれの施設が個々に技術者を養成する体制が以後、長く続きました。旧陸軍・海軍の病院でも、病理試験室で勤務する人材が養成されていました。

 

 終戦後は、軍で養成された技術者が、病院の臨床検査室、衛生研究所、保健所などで実務をする傍ら、養成も担当しました。1949(昭和24)年、東京の国立東京療養所が、作業病棟の結核回復者を臨床検査室に実習生として通わせたことから、東京清瀬医学専門学校へと発展。2年後には、結核回復者の総合的な職業補導所に「衛生試験科」が発足しました。

 

 これらは、結核患者の社会復帰のための取り組みでしたが、1952(昭和27)年に東京文化短大に「医学技術研究室」が設けられたのを皮切りに、技術者養成の教育が固まっていきました。


 当会の前身である日本衛生検査技術者会が設立されたのも、この年です。やがて衛生検査技師法臨床検査技師法が設けられて2つの国家資格が生まれ、現在の形につながっていったのです。


 医学の発展とともに、検査の可能性・重要性が高まっていったことがおわかりいただけると思います。

 


2009 年 1 月 11 日 by admin


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